平日の朝、駅前に立ち続けて、かれこれ一年以上が立ちました。昨年大阪市で行われた大阪都構想の住民投票、そこから始まった平日の朝の駅立ちも今では日課になっています。
毎日駅に立って市民の皆様にご挨拶をしていると、お声がけをいただくことが多くなりました。
ときには、改めて言いたいことがあるということで日時のお約束をしてご相談を受けたこともあります。
そのときには、私からの説明で納得していただけました。
もちろん、維新が嫌いということから批判的な内容もあります。そのときには私のわかる範囲にはなってしまいますが、その場でお答えしています。
私のような学のない人間からすれば、現場での経験ほど勉強になることはありません。
特に学がないと思う人がいましたら、政治、経済に理解を深めることが一番の近道と言われています。
まさに私のような人間にはうってつけですね。
以下は、たまたまネットで見つけた記事に学がない人の定義が書かれていました。
- 言葉遣いが悪く語彙力もない
- ネットの情報を鵜吞みにして知ったかぶりをする
- 基本的な漢字が読めない
- プレゼンやスピーチが苦手
- 小学生の日記のような文章になる
- 何を伝えたいのか分からない
- いつまでたっても結論が出てこない
- 文章の推敲をしない
- わざと難しい表現を使う
などなど他にもいろいろありましたが、以上が私が気になった部分です。
正直、すべて該当しているとは思いますが、特に気にしているのは「何を伝えたいのか分からない」です。
人の伝えるときに言葉がストレートに表現しがちですが、なぜか部分的に抽象的に表現する癖?私なりに具体的に言うのは良くないと判断してそうなるのですが、それが結果的によく分からない文章になっていることが多いです。そう考えれば語彙力がないとも言えます。
簡潔に物事を伝えるだけではよくない場面はあります。そのときにどうしても言葉足らずになっているときがあります。
日ごろから言葉を使う習慣を身につけていれば、不安になっていることも解消されるのだろうと思います。
後、最後にもうひとつ気にしているのが「文章の推敲をしない」というよりも以前の話で「誤字・脱字」ですね。
誤字・脱字のチェックも習慣づけることでよくなるものだと思いますので結局は自分次第ということですね。
ダラダラと同じようなことを書きましたが、何を伝えたかったかといいますとひとつのことに長く取り組むことが一番の近道だということです。
意外かもしれませんが、意外にそうなんです。
長く取り組むことで、より深い部分が気になってきます。それにより考える力や語彙力などを身につけることができるようになります。
そして、私にとって駅立ちが長く取り組むものです。そこからいろんなことを身につけていくきっかけになっていくと思っています。
とは言ってもあくまでも私の仮説です。
信じるか信じないかはあなた次第です。